私はダニエルブレイクの映画は実話?最後の言葉の意味と結末についても

カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した映画『私はダニエルブレイク』は、イギリスの格差社会を描いた映画で、話題となりました。

その話題はイギリスでは国の恥だという批判も上がってしまったほどです。

それほど国民にとって衝撃的な映画だったのが『私はダニエルブレイク』です。

映画 私はダニエルブレイクとは

心臓病を患ってことで働けなくなってしまったダニエル。
国に支援を求めますが、働ける体と判断されてしまい手当をもらえません。

不服申請を求めるも、電話で長時間待たされたり職業安定所に行ってもオンラインで申請してくださいと言われてしまいます。

ネットを使えないダニエルにとってはお手上げ状態になってしまいました。

そのダニエルが職業安定所で出会った女性ケイティ。

彼女は2人の子供のシングルマザーです。

ロンドンから引っ越してきたばかりで、道に迷い生活保護の申請の時間に遅れてしまいます。

結果彼女は生活保護をもらうことができません。

このやりとりを聞いていたのが、ダニエルだったのです。

ダニエルは彼女を助けようと自分自身の生活も厳しい中、彼女に手を差し伸べたのでした。

私はダニエルブレイクの映画は実話?

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『私はダニエルブレイク』の監督はケン・ローチです。

一度は引退を発表していた彼ですがイギリスの現状を伝えるために引退を撤回し、この作品を作りました。

監督はこの作品を作るにあたって、イギリスの8つの都市を周り徹底的に貧困層の人を取材しました。

ダニエルやケイティという人物はフィクションですが、彼らが受けた行為は本当にあったことです。

ケイティがフードバンクでお腹が好きすぎて、パスタのかんを開けて食べてしまうシーン。

このシーンの出来事は監督はスコットランドの女性に聞いたと話しています。

スコットランドで生活保護を受けている女性は、本当に限界でケイティのような行動をとってしまいました。

ある意味この映画の中で映し出されているダニエルやケイティ、またダニエルの隣の部屋に住むチャイナの行動は実話なのです。

そして彼らに冷たく当たる役所の人物の態度も事実なのです。

最後の言葉の意味と結末

行政の人たちを訴えるために立ち上がったダニエル。

ケイティとともに支援をしてくれる弁護士に会いに行きます。

これで勝てるかどうかでダニエルの生活は決まってしまいます。

いつもになく緊張していたダニエル。

面接の前にトイレに行くために席を立ちます。

トイレでかなり緊張した様子のダニエルは、そのまま倒れてしまい彼は亡くなってしまいました。

心臓病を患っていた彼にとって、耐えられないほどの緊張感だったのかもしれません。

そんなダニエルのお葬式。

ケイティは彼のポケットの入っていた手紙を読みます。

その手紙の最後はこんな一文でした。

「私はダニエル・ブレイク。1人の市民だ。それ以上でもそれ以下でもない。」

困っているダニエルを国は助けてくれなかったのです。

そして手続きに困る彼にひどく当たりました。

ダニエルは途中で役所の人に対して「尊厳を失ったら終わりだ」と言っています。

彼はもはや人間としての権利すら受けれない状態になっていたのです。

それはケイティも同じ状況でした。

こんな貧しい人たちの状況に怒りを覚えケン・ローチ監督はもう1度メガホンをとったのでした。

インタビューで「あってはならないことだ」とも監督は語っていました。

どんな状態であろうとも、私たちは皆同じ人間なのです。

人間として敬意を持って対応されるべきなのです。

ラストのダニエルの手紙にはそんなことが訴えてありました。

まとめ

格差社会の問題はイギリスだけの問題ではありません。

日本でも同じです。

そして国の支援から漏れてしまう弱者を追い込んでしまう制度。

でも彼らだって私たちと同じ人間なのです。

『私はダニエルブレイク』を見終わった後は、深く考えさせられ重いテーマを与えられたような感じになります。

そしてそんな重いテーマをみんなで考えていかないといけないなと思いました。

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

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