ドラゴンボールGTの最終回の意味を考察!最後ベジータのセリフの解釈

日本で最も有名な少年漫画である、ドラゴンボール。

連載終了から20数年以上経った今もなお、メディア展開されて若い世代の人々を惹きつけています。

今回はそんなドラゴンボールGT最終回意味最後ベジータセリフの解釈について掘り下げていきたいと思います^^

ドラゴンボールGTの最終回 概要

まず物語の背景の簡単な流れを整理したいと思います。

ドラゴンボールGTでは、ドラゴンボールは願いを叶えると負のエネルギーが蓄積されるという設定があります。

物語では、ドラゴンボールで多くの願いを短期間で叶えてきたため、急激に負のエネルギーが蓄積されます。

そしてその負のエネルギーを元にして、物語のラスボスである超一星龍が生まれます。

こうして悟空と超一星龍の最後の戦いが始まります。

では最終回についてです。

こちらではクリリンやピッコロ、ベジータやトランクス、パンの話は割愛し、

悟空と神龍に焦点を当てたいと思います。

戦いの中で、悟空は超一星龍の圧倒的な力の前に命を落とします。

しかし悟空は絶命したものの復活することができ、超一星龍を倒すために宇宙中の元気エネルギーを集めて特大の元気玉を作ります。

超一星龍はそれを阻止しようと攻撃を与えますが、それも空しく悟空は無傷のままです。

最後には完成した特大の元気玉を受けて消し飛びます。

こうして世界存亡をかけた戦いは幕を閉じました。

その後、神龍が悟空の前に現れて以下のように述べます。

負のエネルギーによる超一星龍の一件があったため、神龍自身を含めてドラゴンボールを使わせない、消す、と。

しかし悟空は、最後にこの戦いで被害に遭った人達を生き返らせてもらうことを頼みます。

さすがに神龍もこの願いは聞き入れてくれて、命を落とした人達は生き返ります。

すると突然、神龍は悟空に「さあ行くぞ」と言い、悟空もそれに同意して神龍と一緒にどこかへ向かって飛び立ちます。

この後、その道中で上述の悟空がクリリンやピッコロに会ったり、トランクスやパンがドラゴンボールについて語るなど場面が変わりますが、割愛します。

神龍に乗って飛び続けていると、ドラゴンボールが悟空に吸収され、悟空の存在そのものが消えてしまいます。

場面が変わり100年後、舞台は天下一武道会決勝戦。

生き残ったパンは孫悟空JrとベジータJrの決勝戦の様子を見守ります。

するとパンはその戦いを観覧する悟空の姿を見ます。

しかしそれも一瞬で、悟空に駆け寄ろうとした時にはそこに悟空の姿はありませんでした。

こうして物語は幕を閉じます。

ドラゴンボールGT最終回の意味を考察

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GTの最終回は疑問点がいくつもあり、それについて憶測が飛び交っています。

悟空と神龍とで取引が行われた説

一つ目は、悟空の神龍の関係、取引についてです。

超一神龍戦後、「出でよ」と呼んでいないのにもかかわらず神龍は姿を現します。

さらに「さあ行くぞ」といって悟空を乗せてどこかへ飛んでいきました。

悟空も連れられる時に「もうそんな時間か」と言っており、何のことなのかわかっている素振りです。

この一連の流れは、至った経緯が詳しく説明されていないため、疑問になっています。

これについては、悟空が神龍と何らかの取引をしたと考えられています。

そもそもまず悟空は超一神龍戦で、絶命するシーンがありました。

しかし悟空は復活して、その後は超一星龍の攻撃を受けても無傷でした。

それには超一星龍も驚いた様子でした。

この時に復活にあたって神龍が何らかの条件付きで力を貸したと考えられています。

こう考えると戦いが終わった後に悟空を迎えにきて、悟空もそれに同意したことに筋が通ります。

悟空の死亡・存在自体が変わってしまった説

二つ目は悟空の生死、存在についてです。

戦いが終わった後、ベジータは悟空の何らかの異変に気づきます。

この異変は他のキャラクター達も気付いていました。

悟空が亀ハウスにいるクリリンを訪れた際、亀仙人が心の中で、神龍とドラゴンボールへの感謝を悟空に伝えてほしいと話したことからも、悟空の状態や神龍との関係を察していた様子です。

ピッコロを訪れた時も、ピッコロは悟空と握手して、悟空の異変に気付いたようでした。

これは悟空はもうこの時には亡くなっていて霊のような存在になっていたのではないかと思われます。

実際に、クリリンやピッコロが目を離した一瞬で悟空の姿が消えたり、悟空が感謝や過去の想いでを語りだしたことからも、そう考えるのが自然だと思います。

やはり超一神龍戦亡くなっていたところに、一時的に命を与え、そのリミットが来たので霊体のような存在になったのではないでしょうか。

悟空はドラゴンボールと同化説

三つ目は、悟空のドラゴンボールとの同化についてです。

最終回ではドラゴンボールが悟空の身体に吸収され、悟空ごと消える場面があります。

これは、悟空がドラゴンボールと同化し、その存在ごと消滅したと考えられています。

個人的には、仮に悟空が神龍の、ドラゴンボールの力を分け与えてもらっての復活ならば、体にはそのエネルギーが内在していると思うので同化が可能だったのかなと思います。

あるいは、体には実態がなく、エネルギーで体の形を形成されていたために同化したのではないでしょうか。

悟空や神龍のドラゴンボールが不必要と言う意思を反映して、同化の際にエネルギーそのものになり形をなくして散り、無に還ったのではないかなと思います。

四つ目は、100年後についてです。

これは元々原作だけでなくドラゴンボールの仕事自体を終わらせたかった鳥山さんに対し、派生作品としてZだけでなくGTまでやることになりました。

そのことに対するアニメ制作の方々の、舞台を100年後にすることで生存者をなくして物語に続きはないとケジメ示した意味が込められているとも言われているようです。

 最後ベジータのセリフの解釈について

GTの最終回では超一星龍戦後、悟空が神龍と共にどこかへ旅立とうとすると、悟空の異変にベジータが気付きました。

しかし悟空はそれを口外しないように言って、神龍と旅立っていきました。

その後は上述した通りですが、亀仙人やピッコロの反応を考えると、ベジータもこの時点で悟空が死んでいることに気付いていたのでしょう。

だからこそ場面がトランクスとパンになり、悟空の服を見つけてパンに対して「そいつ(悟空の服)は大事にとっておけ…」と言ったのだと思います。

悟空が死んでいるだけでなく、二度と戻ってこないこともわかっていたのでしょう。

はじめは敵対関係からは始まり、時には悟空と敵対して、時には悟空と共闘して…とずっと悟空を意識して多くの時間を過ごしてきたからこそ、すぐに気付いたのではないでしょうか。

そして遺品である服も自分が決して持ったりすることなく、他人にあのような形で持たせておくあたりが、ベジータらしいと思います。

 まとめ

・GTは、超一星龍を倒した後、神龍とともに悟空がどこかへ旅立つ。物語の最後、場面は100年後になり、パンが悟空jrとベジータjrの戦いのさなかで悟空を見つけるも、その姿が消えたところで幕を閉じる。

・GTは疑問点がいくつも浮上する最終回はである。悟空と神龍の取引、悟空の生死と存在、ドラゴンボールの同化と意義、100年後について様々な考察がされている

・ベジータは悟空が死んでいること、二度と戻ってこないことを気付いており、パンに悟空の服を大事にしろと言ったと思われる

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

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